石川県小松市情報!!

石川県 小松市

小松市が登場する映画「野生の証明」



1978年の映画ですが、今見ても高倉健の渋さと演技がひしひしと伝わる作品です。

おそらく、これほどのオーラをもった俳優は二度と日本には登場しないことでしょう。
高倉健の映画を現在の人気俳優でリメイクしても、映像がまったく成立しないと思うのは私だけではないはずです。

作品解説・紹介 - 野生の証明

国家権力によって比類ない殺人技術を叩きこまれた男が、一人
少女のなかに、自らの人間性の回復を託そうとする男の姿を描く
森村誠一原作の映画化。角川映画第3弾。脚本は『日本の首領
 完結篇』の高田宏治、監督は『人間の証明』の佐藤純彌、撮影
は『順子わななく』の姫田真佐久がそれぞれ担当。(キネマ旬報 
全映画作品データベースより抜粋)

監督 : 佐藤純彌 原作: 森村誠一
出演 : 高倉健/中野良子/薬師丸ひろ子/夏八木勲/三國連
太郎/ハナ肇/松方弘樹/丹波哲郎/成田三樹夫

製作年 : 1978   製作国 : 日本





小松市花立町2013年の秋。
小さな集落ですが、ここで映画のロケが行われました。
ロケ当時はまだ屋根が茅葺だった家も、その後、トタン屋根へと変わっています。
茅葺屋根の葺き替えには人手がたくさんいるため、過疎の集落ではトタン屋根になっていきました。


小松市花立町で事件のあった集落の場面が収録されました。


花立町の場所




オープニングで、山奥の集落で村民皆殺しという虐殺事件が起きる。
まさにそのロケ地が小松市の花立町でした。




夏八木勲の演じる刑事が事件現場を訪れる。
当時、ロケを見に行った古老の話では、撮影のために畑を再現していたそうです。
この畑の地主さんが実は夏の間だけ、ここに住んでいてお話しを伺ったら、ロケバスで50人ぐらいの
スタッフやエキストラがやってきており、衣装も凝ったものを使っていたということでした。


2013年秋の花立町。
この畑が映画のロケで使われました。










神社跡から集落を見渡す場面。
この映像は花立町の須納谷神社跡から見下ろした風景と思われます。


2013年秋の花立町。


小松市で人口が最小の町、花立町。現在は家屋はほとんどなく、夏だけ人が数名、住んでいます。
この集落には古代より花立峠があり、那谷寺からこの峠を越えて白山登山をしていた伝説や、
村人たちが峠の頂上から白山に向かって礼拝をしていたということです。




2013年秋の花立町。

高倉健らが車を止めた場面の橋。

ここは豪雪地帯なので、人の住んでいない家屋の多くはその後、積雪などで倒壊して
取り壊されて更地になっています。








典型的な白山ろくの家屋です。
茅葺の屋根は維持が難しく、時代の流れの中でトタン屋根へと変わっていきました。



小松市に新丸村が合併されるまで花立町は須納谷と呼ばれ、江戸時代には幕領でした。
白山の所領を巡って加賀藩と福井藩がもめたため、幕府の直轄領となったのです。







高倉健、薬師丸ひろ子、中野良子


小松市花立町2013年現在、
夏の間は数名が暮らしているとはいえ、ほとんど廃村状態に近いです。
冬は雪に閉ざされます。除雪車も走らない山奥のひなびた集落です。




映画では、花立町は村民が虐殺されて廃村となった東北の架空の村の設定です。
高倉健演じる、元自衛官が村民を皆殺しにしたというストーリーと、唯一の生存者で記憶喪失の娘役を演じる薬師丸ひろ子の
記憶の回復と目撃証言がこの映画の鍵となっています。

当時、小松市の山奥で映画の村民虐殺場面がロケされました、というのはネガティブな話なので公にはしなかったのでしょう。




高倉健がロケをしていた集落、と知るとこの花立町のイメージが大きく変わるのも、高倉健という俳優の凄さです。



動画はこちらです。



小松市に高倉健さんがロケに来ていた!!

小松市のとんでもなく辺境の山奥で、まさか銀幕のスターが映画ロケで滞在!!


 小松市にかつてあった赤瀬町の赤瀬温泉に行ったときに、玄関に「高倉健」「薬師丸ひろ子」のサイン色紙があった。 1995年頃の話だが、当時私はまだ車の免許を取ったばかりで小松市内の温泉めぐりをしていた。
「ふーん、高倉健のような大俳優がこんな小松市の山奥の小さな旅館で何してたのだろう」と思っていただけだが、数年後 に赤瀬温泉は廃業となり更地となってしまった。

 その後、テレビで「野生の証明」を見たときに、キャスティングが高倉健と薬師丸ひろ子だと分かり、金沢市内の名所がた くさん登場しているのを見て、「きっと小松市の大杉町付近でロケがあったんだ」と確信していた。

1978年にこの映画が封切られ、小松市の赤瀬ダムが稼動を始めたのもこの年だから、ロケをしているときはまだ赤瀬ダム 湖はなく、小松市のロケ地はダム湖に沈んだのだろうと思いつつも、どこかもやもやとした思いがありました。


 その後、時間が流れてインターネットの時代になり、「野生の証明」のロケ地がネット上でも検索で分かるようになったが、 金沢市はたくさん出てきたが、小松市では何も出てこなかった。
 
 2013年の春、『赤瀬温泉にパナソニックの創業者、松下幸之助氏がお忍びで来ていた』、という昔聞いたガサネタを思い 出して、地元の古老に聞こうと、波佐谷町の古ぼけた雑貨店によって、店番をしていたおばあちゃんに何気に話をしたとき に、「高倉健を見に行ったことがあるよ」とポツリと一言。

私、「えっ?高倉健はやっぱり小松市にロケに来ていたんだ!」

「そうだよ、須納谷でロケしていたから、お向かいの娘さんに誘われて見に行ってきた。映画のためにわざわざ畑の畝を作 ってたわ、健さんはお世辞にもいい格好をしてなかった。見物人は誰もいなかったし、私らも一目だけ高倉健を見に行った だけだから映画の内容も知らないし、顔を見たからすぐに帰ってきた。牛首峠を越えたところにある須納谷で撮影してい た」。

その後、花立町に夏の間だけ暮らす婦人がいたので直に話しを伺ったら、その方の母親が映画のために畑を貸し出してお り、血に見立てた赤いペンキが石垣などに数年間残っていたということだった。
映画監督が村民虐殺のあった寂れた村としていくつかの候補地を見て歩いて、この花立町を見に来たときに一発でロケ地 に決めた、ということでした。


須納谷とは、小松市に合併する前は新丸村須納谷という集落で、今なら小松市花立町。

牛首峠を越えて花立町まで車で行くとなると、道が拡幅されて舗装された現在でも、結構うんざりするようなドライブである。 まさか小松市の新保町付近に高倉健が来ていたとはびっくり。
1978年当時、私は家族と新丸町付近まで自動車で行ったことがあるが、尾小屋からの五百峠ですら、砂利道だらけでガタ ガタの林道だった。


高倉健が小松市でロケをしていたのを目撃していたのは、花立町に暮らす人や、噂を聞きつけてきた地元の人の数名と思 われる。高倉健の撮影時間は短いため、ワンシーンを撮ったらその日は終わりというのであれば、赤瀬温泉で泊まって撮 影してたのだろう。




ちなみにこの映画の多くは金沢市で撮影されています。



例えば、これは金沢市横安江町のアーケード。
現在はアーケードが撤去されてます。
「ブラック・レイン」という高倉健が出演したハリウッド映画でもこんな暴走族の場面がありました。

※小松市の三日市のアーケードじゃありません、似てますが。




兼六園の裏口にある成巽閣は、映画では金持ちの邸宅となっています。






小松市でのロケは虐殺のあった村の設定だった、というなんとも寂しい落ちでした。
(^^ゞ








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